マトリックスコンバータの基本構造
交流電源から直接新たな周波数の交流を作り出す電力変換装置を直接式周波数変換器と呼ぶ.本記事では,直接式周波数変換器の中でも近年注目が集まりつつあるマトリックスコンバータの基本構造について解説しよう.マトリックスコンバータの基本的な回路構成を図1に示す.
図1.マトリックスコンバータの回路構成
このようにマトリックスコンバータは大きく入力フィルタ,出力フィルタ,スイッチ部(9個のスイッチ)の3ブロックからなる.この回路がなぜマトリックスコンバータと呼ばれているのだろうか?図1の回路図を書き換えた図2を見ればすぐに理解できるだろう.
図2.図1の書き換え
図1の9個のスイッチをマトリックス状に並べ換えたものが図2であり,図1と図2は同じ回路である.図2を見ると,9個(\(3{\times}3=9\))のスイッチは入力交流(左側)の三相と出力交流(右側)の三相とを結んでおり,出力交流の各相は入力のどの相とも接続可能な構造となっていることがわかる.スイッチがマトリックス状に並んでいるので”マトリックス”コンバータ,という訳である.ここでサイクロコンバータを知っている読者は,次のような疑問を持つかもしれない.「図1や図2はサイクロコンバータそのものではなかろうか?」と.これはもっともな疑問である.図3をご覧いただこう.
図3.単相出力のサイクロコンバータ(左)とその等価回路(右)
このように,単相出力のサイクロコンバータは等価的にはスイッチ3つで表される.ということは,三相出力のサイクロコンバータは9個(\(3{\times}3=9\))のスイッチで表現できるのではないか?図4をご覧いただきたい.
図4.三相出力のサイクロコンバータ(左)とその等価回路(右)
予想通り三相出力のサイクロコンバータは9個(\(3{\times}3=9\))のスイッチで表現でき,図1に示した回路と等価になった.「図1や図2はサイクロコンバータそのものではなかろうか?」という推察は正しかったのである.つまり素子をスイッチに見立てれば,マトリックスコンバータとサイクロコンバータは全く同じなのだ.ではマトリックスコンバータとサイクロコンバータの違いは何だろうか?一言で言えば,「スイッチの違い」にある.マトリックスコンバータのスイッチは,サイクロコンバータのスイッチ(サイリスタ)と比べ,以下の特徴がある:
(1) 双方向の電流を扱える.
(2) 高速なスイッチングが可能である.
具体的に(1)と(2)を満たすスイッチはどのように実現されているのだろうか?マトリックスコンバータのスイッチについて,3つの代表的な実現例を図5に示そう.
図5.マトリックスコンバータのスイッチ
回路構成から,図5中の(a)~(c)はどれも双方向の電流を流すことができる.また,トランジスタにはIGBTを用いている.IGBTは比較的高速なスイッチングができるトランジスタであり,(a)~(c)はいずれも数kHz以上の高速スイッチングが可能である.図5の例ではダイオードを用いていたが,ダイオードを必要としない回路構成もあるので図6に紹介しておこう.
図6.IGBTとダイオードを用いたスイッチ(左)と逆阻止IGBTを用いたスイッチ(右)
通常のIGBTは逆バイアスに弱い.このため,IGBTに直接逆バイアスが掛からぬよう,図6左側に示すようにIGBTと直列にダイオードを挿入する必要がある.ここで逆バイアスに対しても十分な耐圧を持つ逆阻止IGBT(RB-IGBT)を使えば,同図右側に示すようにダイオードの挿入が不要となる.これにより電力変換効率が向上する.なぜならダイオードが不要になった分だけ電圧降下を抑えられるためである.この省電力の魅力に近年の製造コスト削減の努力が加わり,今や逆阻止IGBTはマトリックスコンバータのスタンダードな素子となりつつある.マトリックスコンバータのスイッチに関する詳しい議論については,【入門演習 パワーエレクトロニクス】3.5の【例題2】(p.258)を参照いただきたい.
この項の内容に関する,オリジナル演習問題を絡めた詳細な解説は,
【入門演習 パワーエレクトロニクス】の第3章にて展開されています.是非ご参照を!!
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