インバータの基本構造
インバータは直流から交流を生成する装置である.理想的な交流の波形は正弦波なので,多くのインバータはなるべく正弦波に近い電圧(または電流)を出力するように設計される.このとき一般的によく用いられる技術がPWM制御である.インバータ回路本体の動作原理については本記事の後半で述べることとして,まずはPWM制御によって,どれくらい正弦波に近い電圧(または電流)を出力できるのか見ていきたい.図1をご覧いただこう.
図1.変調波(緑)とPWM制御インバータの出力電圧(赤)
緑色の線で示した正弦波はターゲット波形(以降”変調波”と呼ぶ)であり,赤線で示した波形はある状況(図2,図3にて後述)におけるPWM制御インバータの出力電圧である.図1を見ると,\(F_{c}\)という値の上昇にしたがってインバータの出力電圧波形が正弦波に近づいていく様子が観察できる.どうやら\(F_{c}\)はPWM制御の時間的細かさを表す指標のようだ.しかし\(F_{c}\)は具体的に何を表しているのか図1だけでは当然わからない.また,PWM制御によるインバータの出力波形がこんなにギザついる理由もまだ不明である.これらの疑問に答えるためには,図2に示すPWM制御インバータの動作イメージを見ておく必要がある.
図2.PWM制御インバータの動作イメージ
PWM制御を一言で表現すると,「パルス幅を変調させることで所望の出力電圧(電流)を達成する技術」となる.図2に示す回路はパルス幅が変動した電圧パルス(以降”矩形波電圧”)をインダクタ\(L\)によって平滑化し,負荷抵抗\(R\)にほぼ正弦波の電圧を与えている.ここでようやく\(F_{c}\)を紹介できる準備が整った.\(F_{c}\)は変調周波数と呼ばれ,矩形波電圧\(V_{X}\left({t}\right)\)の周波数なのである.また,図2から出力電圧\(V_{out}\left({t}\right)\)の波形がギザギザしている理由も\(V_{X}\left({t}\right)\)が矩形波電圧であることから簡単に説明できるが,この議論は書籍に譲ることとしよう.次に,矩形波電圧\(V_{X}\left({t}\right)\)と出力電圧\(V_{out}\left({t}\right)\)の関係をアニメーションで示そう.図3をご覧いただきたい.
図3.変調波(緑),矩形波電圧\(V_{X}\left({t}\right)\)(水色)とPWM制御インバータの出力電圧\(V_{out}\left({t}\right)\)(赤)
変調周波数\(F_{c}\)の上昇に比例して矩形波電圧のパルス数が増え,出力電圧\(V_{out}\left({t}\right)\)の変動が小さくなっていくことが読み取れる.ここで,図1及び図3のLR時定数(すなわち\(\frac{L}{R}\))は,変調波(ターゲットとなる正弦波)の周期の\(0.07\)倍に設定されている.一般にLR時定数は出力する正弦波の周期よりも一桁以上小さく取る.もしLR時定数を正弦波の周期程度にしてしまうと,出力される正弦波の振幅が小さくなってしまうためである.逆にLR時定数を小さくし過ぎると,出力電圧\(V_{out}\left({t}\right)\)の上下変動(波形のギザツキ)が十分に抑えられないことに注意しよう.
図3を見ているうち,「そもそも矩形波電圧\(V_{X}\left({t}\right)\)をどのように生成すればよいのか?」という疑問を抱く読者がいるかもしれない.PWM制御において矩形波信号を生成する手法はいくつかあるが,PWM制御の実現例において最も基本的な手法の一つである三角波比較方式について解説しているので参照いただきたい.
ここからは,図2の中で"電圧パルス生成回路"と呼ばれる部分の仕組みと動作原理について考えていこう.この部分は図2に示す回路の心臓部分であり,この部分を「インバータ」と称する場合も多い(以降,図2中"電圧パルス生成回路"を単に"インバータ"と呼ぶ).それではインバータの動作原理について早速考察に入ろう.
インバータの動作原理
矩形波電圧を出力するインバータを電圧形インバータと呼ぶ.同様に矩形波電流を出力するインバータは電流形インバータを呼ばれる.両者の相違は電圧形インバータと電流形インバータにおいて詳しく解説しているのでご覧いただきたい.ここでは電圧形インバータを単にインバータと呼んで話を進める.図4は最もシンプルなインバータの回路構成を示している.
図4.インバータの動作原理1
図4左側は直流電源と負荷(回路右側の四角で示した部分)が順手でつながっており,同図右側は直流電源と負荷が逆手でつながっている.これら2つの状態を周期的に行き来することで,負荷にかかる電圧の向きを周期的に反転させることができる.これにより負荷には矩形波電圧が与えられることが確かめられた.基本的なインバータの構成はこんなにもシンプルなのである.
次に,図4のスイッチ回路を少し書き換えてみよう.図5をご覧いただきたい.
図5.インバータの動作原理2
一瞬戸惑うかもしれないが,図5左側は図4と全く同じ回路を示している.図5左側のように図4の回路を書き換えることで,インバータ回路を三相出力に拡張するためにはどのような改造をすればよいか,直感的に見通すことができるようになる.実際に図5左側を三相交流出力にすると図5右側のようになる.単相出力のときに2組だったスイッチペアを3組にすればよいだけなのである.次に,図6でこれらスイッチ回路の各部分がどのような名称で呼ばれているのか整理しておこう.
図6.インバータのスイッチ部分名称
ここまでは理想スイッチを用いてインバータの仕組みを解説してきたが,実際のスイッチは半導体デバイスを用いて実現される.どのようなデバイスで達成されるのか,単相交流の場合を例にとって図7に示そう.
図7.実際のスイッチングデバイス
この例ではIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)を用いている.もちろんこの他にもバイポーラトランジスタやMOSFET,GTOなど,ON/OFFを実現できるデバイスであれば原理上どんなものでも使用可能である.しかし最近では低出力用にはMOSFET,大電力用にはIGBTを適用することが主流になっている.この理由を一言で言ってしまえば,MOSFETやIGBTのスイッチング速度が高いためである.本記事の前半でも軽く触れたが,例えばPWM制御では変調波周波数(つまりスイッチ速度)が高ければ高いほど所望の波形に近い出力が得られることを思い出せば,スイッチング速度がインバータの性能に直結することが理解できる.このような事情から,近年では高速スイッチング可能な2つのデバイス(IGBTとMOSFET)がインバータ用デバイスの定番となっているのである.
ここで還流ダイオードについて補足しておこう.電圧形インバータの場合は図8に示すように,実際のバルブデバイスと並列にダイオードが接続されている.このダイオードの極性は直流電源に電流が逆流するような向きになっている.このダイオードを還流ダイオードと呼ぶ.
図8.還流ダイオード(電圧形インバータの場合)
電流形インバータか電圧形インバータかによって,ダイオードの設置位置は異なる.電流形・電圧形インバータの違いは次の記事で説明するとして,電圧形インバータにおいて何故IGBTなどのスイッチングデバイスと並列にこのような還流ダイオードが必要になるのだろうか?この理由を簡単に示した回路図が図9である.
図9.還流ダイオードの役割
赤い線が\(V_{DC} [V]\),青い線が\(0V\)の導線部分を示している.今,インバータの負荷として例えばインダクタを考えると,インダクタの電流は急には方向転換できないため,インバータのバルブを切り替えた直後では印加電圧と逆の電流が流れることになる.このとき還流ダイオードがあると,この逆流電流はIGBTではなく還流ダイオードの方を通って回生してくれる.つまり,図9の丸い点線で囲った2つのダイオードを経由してインダクタに蓄えられたエネルギーが直流電源へと返還されるのである.もし還流ダイオードがないとIGBTそのものに逆電流が流れ込むのでIGBTが破壊される恐れがある.このように還流ダイオードは,「印加している電圧と逆向きの電流の逃げ道」として機能する,大変重要な素子なのである.
ここまで,PWM制御の紹介から始まって電圧形インバータの基本構造までの概要を説明してきた.ここで登場したインバータはLC共振を用いない非共振形インバータであったが,非常に高速なスイッチングが要求されるケースでは,スイッチングロス軽減や高調波抑制などを目的として共振形インバータが使われる.近年では特に,スイッチ周辺のみでLC共振を起こしてスイッチングロスを軽減する技術としてソフトスイッチングが注目を集めている.今後,さらに高速で高効率な制御が要求されることを考えれば,共振形インバータとソフトスイッチングが増々重要な技術となることは言うまでもないだろう.これらの詳細は,共振形インバータ(入門編),共振形インバータ(実践編),ソフトスイッチング(導入編),ソフトスイッチング(適用例)においてそれぞれ丁寧に解説しているので是非参照いただきたい.
それでは次の記事からインバータの構造や動作原理,制御などについての詳細説明に突入していこう.
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【入門演習 パワーエレクトロニクス】の3.3および3.4にて展開されています.是非ご参照を!!
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